ヤバい経済学(ASIN:4492313656)を読んで
ヤバい経済学 ─悪ガキ教授が世の裏側を探検する
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492313656/
[総評]
とてもよい本だと思います(内容は経済学というよりも応用統計学と呼ぶ方が適切かもしれません)。日常的な疑問が慎重なデータ分析によって意外な結論に至る過程を楽しむことができます。
すでに多くの方がレビューしておられて、そこでも非常に好評なので少しひねくれて批判してみたいと思います。
コメント:アメリカでは妊娠中絶合法化が犯罪を激減させたのか?
[ドノヒュー・レヴィット説の要約]
アメリカでは1973年に妊娠中絶が合法化された(それ以前は基本的には違法)。それによって経済的に恵まれない女性(多くは貧しい未婚の未成年)の妊娠中絶が可能になった結果、経済的に恵まれない環境の青少年が(生まれる確率が)激減した。それらの青少年は犯罪に走ることが多いことが分かっているが、その数が減ったことによってアメリカにおける犯罪も(1993年頃から)激減した。
[疑問点]
疑問点1.
統計学では相関の推計は可能だが、因果の推計は現時点ではほぼ不可能に近い。「ヤバい経済学」では途中までは「妊娠中絶合法化と犯罪激減に相関がある」ときちんと記述しているが、どこかでそれがまるで因果関係があるかのようにすりかえられている。
つまり状況証拠はある。しかし決定的な証拠かどうかは議論の余地がある*1。
疑問点2.
さらにドノヒュー・レヴィット説では「妊娠中絶が合法化され、その結果、恵まれない環境の青少年が減った(そのため犯罪も減った)」ことは説明できても、そもそも1980年から1990年代初頭にかけての犯罪増加を説明できない(アメリカ全土で妊娠中絶が禁止されたのは1900年)。
1993年からの犯罪激減の原因は中絶合法化で、1980年から1990年代初頭にかけての犯罪増加は別の原因というその可能性はあるが、もう少し考えてみる必要があるかもしれない。
(補足)サウスダコタ州での「実験」
サウスダコタ州で妊娠中絶をほぼ完全に禁止する法案が通ったため、このままその法案が実施されれば20年後にはレヴィットらの分析にまた新しい知見を付け加えることが可能かもしれない*2。
http://www.asahi.com/health/news/TKY200602250305.html
論文リスト:Donohue and Levittの論文(全部PDFなので注意)
Donohue and Levittの一番最初の論文
Joyce (2003)への反論
Foote and Goetz (2005)への反論
ただし、強調しておきたいことはこういった視点(中絶合法化が犯罪を減らした[かもしれない])を提供したということは意義のあることで、DonohueとLevittは素晴らしい研究者だと思います。
(補足)訳者・望月衛氏について
仕事の都合上、現在、「クレジット・デリバティブ―モデルと価格評価」フィリップ・J. シェーンブッハーを読んでいます。この本の訳者が(偶然にも)「ヤバい経済学」の訳者でもある望月衛氏です。非常に優秀な方のようで、「クレジット・デリバティブ」の方も訳文がよく出来ていてあまり変な部分はないようです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492711686/
[妊娠中絶に関する矢野の意見]
妊娠中絶自体は望ましいことではないと思います。しかし、生む生まないの選択の自由はつねに保障されるべきだと思います。それ以上に望まない妊娠が起こらないように男女ともに責任を持って避妊をすべきだと思っています。
この点に関しては人それぞれに意見が違ってもそれほど問題はないと思うので、他人と論争する気は(あまり)ありません。