マクロ経済政策の再検討〜より高いインフレ目標値の検討〜

主要国のインフレ目標「平時から4%に」 IMFが提言

国際通貨基金IMF)は12日、平時から「4%」など高めの物価上昇率を容認し金利水準も引き上げることで、金融危機のような経済ショック時の利下げの余地を広げることが望ましいとの論文を公表した。危機の教訓をふまえたマクロ経済政策の見直し論議が本格化し始めた形だ。
NIKKEI NET(日経ネット)
http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20100213ATGM1301213022010.html

「まあ、当然の話だよね」とリフレ派なら誰もが思う訳ですが、本当にそんなことをBlanchard先生が言っているのか念のために関連部分を訳してみました。

訳したのは"IV. IMPLICATIONS FOR THE DESIGN OF POLICY"の"A. Should the Inflation Target Be Raised?"とその直前のパラグラフから(重要な内容だったので):

IV.政策設計に対する含意(IV. IMPLICATIONS FOR THE DESIGN OF POLICY)
(前略)
まず明確にはっきりと言うべきことは、赤ん坊を風呂の水と一緒に捨てるようなことをしてはいけないということである。経済危機以前の*1マクロ経済学に置ける合意のほとんどの内容は依然として正しいということである(その中には無論、マクロ経済理論から導かれた結論も含まれている)。そして、究極の目的はGDP(産出量)とインフレの安定化であるという点もやはり正しいままである。自然率仮説も有効である(少なくともそれは十分によい近似ではある)。そして、政策決定者はインフレと失業率の間に長期のドレードオフがあると想定してはいけない。インフレを安定化させることは金融政策の主なゴールだし、財政維持可能性は長期において最も重要なだけではなく、短期においても期待に影響するという意味で重要である。

A. インフレ目標値を引き上げるべきか?(A. Should the Inflation Target Be Raised?)
今般の経済危機は大きな負のショックが起こりうることを示し、そして実際にそれが起こった。今回の経済危機では負のショックは金融セクターから来たのだが、将来的には負のショックはどこからでもやって来る可能性がある〜たとえば貿易や観光が盛んだからこそ引き起こされるパンデミック(世界的流行病)や世界経済に置ける重要な場所へのテロリストの大規模攻撃など〜。そのため、それらのショックに対応する余地を金融政策により残しておくために、政策決定者は普段からより高いインフレ目標値を維持するべきだろうか?具体的に言うと、現在のインフレ目標値2%と比較して、たとえばインフレ目標値を4%にするというのは実質的に大きなコストなのだろうか?また、現在の2%と比較して、4%に期待を維持するのはより難しいことなのだろうか?

中央銀行の独立性を維持することで低インフレが実現できる〜特に新興市場で〜というのは歴史的にも確固とした業績となりつつある。そのため、上記の疑問に答えるには、インフレの利益とコストを列挙して、慎重に再検討しなければならない。インフレ税は明らかに歪曲的であるが、他の税も同様に歪曲的である。インフレに起因する歪曲性の多くは税制がインフレ中立的ではないことから来ている。たとえば、名目税区分や名目利子支払いへの税控除などがそれに該当する。これらの問題はより高い最適インフレ率を許容することで、是正できるかもしれない。もしより大きなインフレがインフレの変動もより大きくするとしても、インデックス債を使えば投資家をインフレリスクから守ることが出来る。その他の歪曲性〜実質貨幣残高がより低下する問題や相対価格のバラツキがより大きくなるという問題など〜を是正するのはより難しい問題である(とは言え、インフレ率が一桁台である限りはそれらの問題がGDP(産出量)に影響するかどうかを実証上見つけるのは難しいのだが)。おそらくより重要な点はより高いインフレ率が経済の構造に変化をもたらすかもしれない危険がある点だろう。賃金スライド制が幅広く行き渡っていることから、インフレショックが増幅されて、政策の効果を減じてしまうかもしれない。しかし、潜在的利益がこれらのコストを上回っているかどうか(利益>コストなのかどうか)はまだわかっていない。しかし、それらのコストが「ゼロ金利制約に陥らないようにする」という潜在的な利益よりも重要なのかについては疑問だ。*2
[原典] Olivier Blanchard, Giovanni Dell’Ariccia, and Paolo Mauro, "Rethinking Macroeconomic Policy,"
http://www.imf.org/external/pubs/ft/spn/2010/spn1003.pdf

ちなみにこのBlanchard先生たちの論文に関してIMFのサイトに紹介が載っているのですが、そちらの方ではBlanchard先生はもっとはっきりと分かりやすく「そのため、政策決定者はそのようなショックに金融政策で対応する余地を増やすために、より高いインフレ目標値をめざすべきかもしれない」("Maybe policymakers should therefore aim for a higher target inflation rate in normal times, in order to increase the room for monetary policy to react to such shocks.")と言っていますね。

IMF Survey: IMF Explores Contours of Future Macroeconomic Policy
http://www.imf.org/external/pubs/ft/survey/so/2010/INT021210A.htm

[補足]
リフレ政策(マイルドインフレを目指す政策)の主唱者の1人であるKrugman教授(言うまでもなく、Krugman教授はリフレ政策を撤回したことなど一度もありません)が、すでにBlanchard先生の論文に関してエントリーを書いていますね。

The Case For Higher Inflation - Paul Krugman Blog - NYTimes.com
http://krugman.blogs.nytimes.com/2010/02/13/the-case-for-higher-inflation/

[矢野の感想]
ブランシャール先生他の「マクロ経済政策の再検討」はCountercyclicalな財政政策の重要性を再確認したり金融機関規制とマクロ経済政策の関連性を論じるなど、いろいろと興味深い内容ですね。それと「危機の教訓をふまえたマクロ経済政策の見直し論議が本格化しはじめた」というのは確かな話で、若手研究者なら誰しも狙っているところだろうと思います(矢野自身も狙っていますw)。「リフレ政策論争を巡って、誰が正しくて誰が間違っていたのか?」が明らかになる日が近づいていると思います。

*1:矢野注:ここではリーマンブラザーズ破綻以後の経済危機を意味する。以下同じ。

*2:訳文を直しました。直した経緯についてはコメント欄をご覧下さい。訳文の改善にご協力いただいた皆様、ありがとうございました。