リフレ派は死んだ!〜「経済停滞の原因と制度」(第1章〜第7章)から学べること〜

リフレ派には、日本のマクロ経済学界が「構造問題犯人説」でほぼ一致したことが明確になった事実についてどう考えるのか説明してもらいたい。

ほぼ一致したんですか・・・じゃあ、ちょっとみんなで一緒にチェックしてみましょう!

[前提]
議論を「経済停滞の原因と制度」(第1章〜第7章)に限定します。まあというのは、それしか読んでないからです。「経済制度の実証分析と設計」シリーズ全三巻は多岐にわたり、内容も高度ですので、正直に言って全部は手に負えません。申し訳ないのですが、「経済停滞の原因と制度」(第1章〜第7章)だけで議論しましょう(それでも内容は高度で分量も多いです)。

[第1章 日本の「失われた10年」の原因(ホリオカ)]
第1章の内容は「おわりに」(pp. 32)にうまく要約されていると思います。

最後に、1990年代の日本経済の長期低迷の原因として、需要側の要因と供給側の要因のどちらがより重要だったのかについて検証し、前者(政府の誤った経済政策を含む)がおそらくより重要だったと結論付けた。
(中略)1980年代前半のバブル期においても、1990年代のバブル崩壊期においても日本政府・日本銀行の経済政策の多くは誤っていた。例えば、バブル期においては、日本銀行は金融政策をより早く引き締め、そうすることによってバブルをより早い時期に終焉させるべきだった。一方、バブル崩壊期にういては、日本政府・日本銀行は金融政策をより早く緩和し、より拡張的な財政政策を実施し、金融危機および不良債権問題に対してより早く対応すべきだった。

・・・需要側が要因???あれ?リフレ派は死んだんじゃ???

(補足)ちなみにその後、最後に「供給側の問題点」が唐突に指摘されているんですが、正直に言って無理矢理に付け足したようにしか見えません(どのくらいの「唐突さ」かはご自分で読んで確認してください)。

[第2章 日本における生産性と景気循環(宮川・櫻川・滝澤)]
・・・いやいや、「失われた10年の原因は需要側」なんて書いているのは第1章だけでしょう。第2章がリフレ派を八つ裂きにしてくれるに違いありません。

(Pp. 48の2行目から)表2.2(pp. 47)は、全期間、1980年代、90年代におけるソロー残差TFPのこと)と純粋な技術進歩率の統計量をまとめている。これを見ると、全産業ベースでは、ソロー残差の平均と純粋な技術進歩率の平均値はほぼ等しい。ただし、ソロー残差の平均値は、80年代から90年代にかけて低下しているのに対して、純粋な技術進歩率は低下していない。この点はKawamoto (2005)と整合的である。

・・・あれ?生産性=技術進歩率ってゾンビ企業のせいで90年代に低下したんじゃなかったでしたっけ?逆に「低下しなかった」って結果が出てきてしまいましたが・・・

(補足)この後、(1)RBC理論は妥当ではない、(2)価格硬直性のあるモデルも妥当ではない、(3)労働再分配モデルは妥当である、と議論が進みます。これは非常に示唆的な結果で、矢野も今後いろいろ考えたいと思います。

[第3章 失われた10年TFP上昇はなぜ停滞したのか(権・深尾)]
しかし、ゾンビ企業、なかなか出てきませんね〜。構造改革派の皆さんはヤキモキしているんじゃないでしょうか・・・がっかりしないで!第3章ならきっと出てきますよ!

(Pp. 72)日本のTFP上昇率減速に関する最も有名な説明は「ゾンビ仮説」であろう。ゾンビ仮説は、不良債権問題の表面化を恐れる銀行が、再建の見込みの低い企業に追い貸しをしたり、低利で融資を続けたりすることで延命を図り、このため生産性の低い企業が残存し、これが日本経済を低迷させているとする。(中略)ゾンビ問題は、1990年代初頭の土地価格バブル崩壊がもたらしたバランスシート毀損に起因するため、不動産業や建設業、商業やサービス業といった非製造業に集中していると考えられてきた。例えば、Caballero, Hoshi, and Kashyap (2004)の推計によると(中略)製造業においては約10%に過ぎないのに対し、不動産業やサービス業においては約30%、そして建設業や商業(9大商社を除く)においては約20%であるという。このため、ゾンビ仮説に従えば、日本におけるTFPの低迷は主に非製造業で生じたと推測される。

お 待 た せ し ま し た 。
や っ と ゾ ン ビ の 登 場 で す。

ゾンビ企業をブチ殺せ!」構造改革派の皆さんは叫ばれるに違いありません。・・・でも、そんなに簡単にはいかないんですよ。以下のように続きます。

ゾンビ仮説の以上のような含意とは対照的に、産業レベルのTFP上昇率に関する多くの研究は、90年代におけるTFP上昇の原則は、非製造業よりも製造業部門においてより深刻であった、との結果を得ている(以下略)

で、その後、ただひたすら製造業のTFPの分析が最後まで続きます。

で、製造業にゾンビ企業がいたかどうかなんですが、深尾先生は以下のように答えておられます。

(製造業のTFP上昇率減速の原因として考えられる理由の)2つめが、「ゾンビ企業」がマイナス効果をもたらしているという説です。ゾンビ企業とは、例えば不良債権問題の表面化を恐れる銀行が、立ち直る見込みのない企業に追貸しをしたり低利で融資することで延命を図ると、本来なら撤退・縮小すべき企業が存続するために新規企業が参入できず、結果として新陳代謝の機能低下を招くという考え方です。しかし私どもは、製造業には建設業や不動産業、商業に比べこうしたゾンビ企業がもともと少ないので、この仮説だけで説明しきれないと考えています。

http://www.rieti.go.jp/jp/papers/journal/0506/bs01.html

(補足)脚注(1) (pp. 73)にCaballero, Hoshi, and Kashyap (2004)の"Zombie Lending"論が使用したDBJデータベースの問題点(?)が指摘されています。興味がある人は本を読んでみてください。

[第4章 日本経済の生産性の成長率(林)]
・・・構造改革派の皆さん、元気出してください!きっと次の第4章がリフレ派を殴り殺してくれますよ!
この章はpp. 126で尽きています。

(この章での手法に対する)もう一つの批判は、TFPの計測で完全競争と生産の1次同次性と稼働率一定が仮定されているというものである。これらの仮定を外した場合のTFPの計測については本巻の第2章(宮川・櫻川・滝澤論文)が検討を行っている。

・・・第2章によれば、技術進歩率=生産性は低下してな・・・
[第5章 投資ショックと日本の景気変動(ブラウン・塩路)]
いやいや、次の第5章でリフレ派は銃殺です!

(Pp. 135からpp. 136)以上をまとめると、投資財生産部門を加えて拡張した新古典派成長モデルは1990年代の日本経済の低迷をうまく説明できない。(中略)これは現実の経済には、本節のモデルには反映されていないが重要なFriction(摩擦)が存在し、これが経済成長と投資を抑制していたことを示唆する。このようなFrictionの候補としては、名目価格の硬直性が元となって発生する需要不足や、クレジットクランチの発生による投資の抑圧などを挙げることができる。
(中略)われわれの分析結果はHayashi-Prescottの結論ではあまり重要なものとはされなかった技術進歩以外の景気抑制要因(何らかのMarket Friction)の果たす役割に再び注目する必要がある可能性を示唆しているのである。

・・・価格硬直性・・・クレジットクランチ・・・いやいや、
ゾンビ企業が悪いんだ!
ヤツらが日本の生産性を失わせているんだ!
「構造問題」こそが「失われた10年の真因」なんだ!
みんなダマされるな!

(補足)で、その後は、New Keynesianの価格硬直性モデルを参考にVARモデルを立てて実証し、「消費財部門の技術進歩は停滞していたが、投資財部門の技術進歩は失われた10年でも継続していた」という非常に興味深い結果を出している。

[とりあえずのまとめ]
冗談めかして書いてしまいましたが、「経済停滞の原因と制度」(林文夫編)は日本一流の先生たちが書かれた本当にすばらしい本です。ぜひ皆さん、買って読まれることを心からお勧めします。

経済停滞の原因と制度 (経済制度の実証分析と設計)

経済停滞の原因と制度 (経済制度の実証分析と設計)

・・・ところで、第6章、第7章もリフレ派には結構都合のよい結果なんですが、まだ続けますか?(一応、第5章でオチがついているんですが)