今年の8冊〜量子力学・統計学・マクロ経済学から〜

東日本大震災を始め、辛く悲しい出来事が多い一年でした。仕事も忙しくあまりblogを更新することも出来ませんでしたが、年末ですから今年、記憶に残った本をいくつかご紹介したいと思います。

[量子力学この一冊]
矢野の大学時代からの友人である森田邦久氏の新著が「量子力学の哲学」です。量子力学というのは物理学の一分野で、たとえば「電子」などというミクロな*1物質の振る舞いを分析します。

電子などのミクロな物質には「粒子と波」の両方の性質が観測されるなど、ミクロな世界では我々の日常生活では少し理解しがたい現象が発生します。

そのため、それをどのように理解すればいいのか、が重要な問題になってくるわけです。「シュレディンガーの猫」と言われる話に端的に表される問題ですが、学問的には「量子力学の解釈問題」とか「量子力学観測問題」などと呼ばれています。

大学時代に森田氏と矢野(ともう一人の友人F氏)は物理を専攻していて、その頃はよく集まって「量子力学の解釈問題」を一緒に勉強していました。矢野(とF氏)は途中でその道を諦めてしまったのですが、彼は諦めずにここまでやってきた・・・というのがこの20年の経過です。

そのため、彼の20年間の研究・研鑽の成果が詰め込まれており、簡単な本ではありません。が、この分野に興味のある多くの方に読んでいただきたいと思います。

量子力学の哲学――非実在性・非局所性・粒子と波の二重性 (講談社現代新書)

量子力学の哲学――非実在性・非局所性・粒子と波の二重性 (講談社現代新書)

[統計学この一冊]
ベイズ統計学や「粒子フィルター(モンテカルロフィルター)」については樋口先生の「予測にいかす統計モデリングの基本」をお勧めします。この分野に入門してみたい方には最適だと思います。

予測にいかす統計モデリングの基本―ベイズ統計入門から応用まで (KS理工学専門書)

予測にいかす統計モデリングの基本―ベイズ統計入門から応用まで (KS理工学専門書)

次点として福地・伊藤両先生「Rによる計量経済分析」をお勧めします(GNU Rを用いた実証分析をお考えの方向けに)。著者のお一人である伊藤先生とは学生時代に少し職場でご一緒した時期がありましたが、当時から本当に優秀な方でした。

Rによる計量経済分析 (シリーズ〈統計科学のプラクティス〉)

Rによる計量経済分析 (シリーズ〈統計科学のプラクティス〉)

[マクロ経済学この一冊]
マクロ経済学に関してはただ一冊「Advanced Macroeconomics 4e」をお勧めします。とにかくこの教科書は版を重ねる毎に進歩する素晴らしい教科書です。第4版になってさらにパワーアップしました。

第4版の特徴は「ミクロ的基礎付きマクロモデルでほぼ完全に記述が統一化された」という点です(←ここが一番重要なポイント)。

第3版はRBCとニューケインジアンモデルの間に「伝統的ケインズ経済学」の章が挟まっていて少し収まりが悪かったのですが、第4版ではそれがなくなり、ミクロ的基礎付きマクロモデルで一貫して記述されるようになりました。

ただし、それにはトレードオフもあり、開放経済に関する記述がほぼ完全に消えてしまいました(第3版までは伝統的ケインズ経済学の章に開放経済の説明があった)。これはDSGEモデルでの開放経済の取り扱いがまだ発展の余地があるためではないか思います。

DSGEの講義をするなら、教科書はこの「Advanced Macroeconomics 4e」でいくしかないかなぁと思っています。

Advanced Macroeconomics (The Mcgraw-hill Series in Economics)

Advanced Macroeconomics (The Mcgraw-hill Series in Economics)

次点としてはGali先生の新著をお勧めします。「失業」をDSGEモデルでどのように扱うのかは非常に重要な(しかも喫緊の)問題ですが、それに対するGali先生からの一つの提案が書かれています。非常にシンプルなモデルなので、もしかしたら今後はこの方式が有力になっていくのかもしれません。

個人的にもいろいろと考えているところなので、来年はそれについての論文を書きたいと思っています。

Unemployment Fluctuations and Stabilization Policies: A New Keynesian Perspective (Zeuthen Lectures)

Unemployment Fluctuations and Stabilization Policies: A New Keynesian Perspective (Zeuthen Lectures)

  • 作者: Jordi Galí,Carl-Johann Dalgaard
  • 出版社/メーカー: The MIT Press
  • 発売日: 2011/07/01
  • メディア: ハードカバー
  • 購入: 5人 クリック: 54回
  • この商品を含むブログを見る

それと次次点ですが、「Structural Macroeconometrics」の第2版は安定した良さがあります。

Structural Macroeconometrics

Structural Macroeconometrics

  • 作者: David N. Dejong,Chetan Dave
  • 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
  • 発売日: 2011/10/03
  • メディア: ハードカバー
  • 購入: 1人 クリック: 39回
  • この商品を含むブログを見る

[マクロ経済学(翻訳書)この二冊]
マクロ経済学の教科書としてはジョーンズの「マクロ経済学」が訳されたことが今年の大きな出来事でした。特に短期の経済変動を扱った「マクロ経済学2」が矢野のお気に入りです。

ジョーンズマクロ経済学 2 短期変動編

ジョーンズマクロ経済学 2 短期変動編

それと同時に「マンキューマクロ経済学<第3版>入門編」の新訳も出ました。

マンキュー マクロ経済学(第3版)1入門篇

マンキュー マクロ経済学(第3版)1入門篇

実は「ジョーンズマクロ経済学」が訳出されると聞いたときに「マンキューマクロ経済学はもういらなくなるかなぁ」と思ったのですが、実際に読み比べてみると、マンキューは歴史が長いだけにいろいろな記述が行き届いており、「困ったときのマンキュー頼み」という感じがしました。なので、マクロ経済学(翻訳書)ではこの二冊をお勧めします。

*1:ここでいう「ミクロ」は文字通り物質が微細であることを意味する。