スーパーコンピュータのベンチマーク競争に利用者として思う

まずはじめにはっきりさせておきたいことは、地球シミュレータはすばらしいスーパーコンピュータであるということである。この流転激しいIT業界において2年以上にわたってベンチマーク競争で他を引き離して圧倒的な1位であったし、今でも実効速度では1位だという話もある。これは日本のメーカの開発技術が今も世界のトップレベルで、そんじょそこらの連中なんぞ話にもならないというということだ(ここで少し補足しておくと残念ながら私は地球シミュレータの使用経験はない。しかし、すでに多くの研究成果を生み出しているので、間違いなく世界に誇るすばらしいシステムだと思う)。

しかし、ベンチマーク競争についての記事を見るたびにスーパーコンピュータの利用者として11年ほどの経験を持つ私は少しだけ釈然としない思いを抱くのも事実だ。

他の研究者がどうなのかは知らないが、私がシミュレーション用のプログラムを書く時、もっとも長い時間を要するのは「このプログラムはどうあるべきか」を考える時間である。次に時間がかかるのはデバッグをしている時間である。それらの時間に比べれば、プログラムを作成している時間やプログラムを実行している時間は圧倒的に少ない(ただし、この時間配分は分野や研究者の志向よって異なると思う)。

「どうあるべきか」を考えている時間はコンピュータは必要ないので、スーパーコンピュータを使いながら一番時間が長いのは(私の場合は)デバッグをしている時間であるということになる。結局、一利用者として切実なのはプログラムの実行速度が早いことはもちろんだが、デバッグが容易になるような便利なプログラミング周辺環境も負けず劣らず重要なのである。

現在、私が使わせてもらっているスーパーコンピュータはLinuxベースのものでお世辞にも高速とは思わない。しかし、LinuxベースであるおかげでGNUツールズが使えるなどプログラミング周辺環境は比較的充実している。誰かが今使っているスーパーコンピュータよりも速いものを使わせてくれると言っても、その周辺環境が今よりも劣るのであれば、私は乗り換えないだろうと思う。

だから、ベンチマーク競争についての記事を見るたびに、「そのスーパーコンピュータのプログラミング周辺環境は充実しているのだろうか」と思う。研究にとってコンピュータは実行速度が速いだけではダメなのだ。研究のサイクル(プログラムの作成からデバッグ、シミュレーションの実行まで)で考えてトータル時間が最も短いスーパーコンピュータがすぐれたものなのではないかと思う。だから、もっと多くの人がベンチマークだけではなく、研究でトータルに必要な時間のことを視野に入れてくれるようになるとうれしいといつも思う。

以上、あくまでも一利用者からの視点である(分野や志向が違う人やスーパーコンピュータを作ること自体が仕事である人は私とはまったく違う感想を持つだろうと思う)。