[お断り]
当blogでの意見はすべて矢野個人のものであり、矢野が属するいかなる組織・団体とも関係ありません。
[「流動性の罠」再訪]
年度末で忙しいので、文章があまり推敲されていませんが取り急ぎ1時間ほどで書きました:
結論はこうだ。もし短期金利がゼロになると、現金は短期債務の完全な代替物になる。そしてマネーサプライをいかに増やそうとも、債務もまったく同じだけ増加することで、すべての効果は打ち消される。まる。以上。
確かに中央銀行は別の政策もできる。たとえば長期債券やリスクのある資産を買ったりね。そしてこの対策は効果を持つ。でも、それは中央銀行が民間セクターのリスクを肩代わりしてあげることによるものだ。マネーサプライの増加とは本質的に一切無関係だ。
「クルーグマンの結論 - I 慣性という名の惰性 I」
http://d.hatena.ne.jp/ryozo18/20090304/1236149536
というクルーグマンのblogでの発言に対して、id:ryozo18さんは「うひゃあ(´・ω・`)」とコメントしています。そして、id:ryozo18さんの訳を踏まえてid:pal-9999さんは「クルーグマンの心変わり?」というエントリーを書いています。
クルーグマンによる1998年のインタゲ論文からちょうど10年経過したので少し復習をしておきましょう。
まず、「結論はこうだ。もし短期金利がゼロになると、現金は短期債務の完全な代替物になる。そしてマネーサプライをいかに増やそうとも、債務もまったく同じだけ増加することで、すべての効果は打ち消される。」というクルーグマンの主張は10年前と変わっていません。
「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」の冒頭にはこう書いてあります。
学問分野としてのマクロ経済学の初期には、流動性トラップ――名目金利がほぼゼロなので、金融政策が威力を失うという変な状況、現金と債券とがほぼ完全な代替物になってしまうためにマネーの量がどうでもよくなってしまうという変な状況――は中心的な役割を果たしていた。
「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」
http://cruel.org/krugman/krugback.pdf
その後でクルーグマンは簡単なDSGEモデルを作って「流動性の罠」が発生することを示し、以下のようにまとめています。
すると前節と同じ議論がなりたつ。名目金利はマイナスにはなれないから、金利をゼロにする以上のマネー増加は単に債券になって、支出にはまったく影響しない。だから公開市場での売買は、どれだけ派手にやっても経済を完全雇用にはもっていけない。一言で、この経済は古典的なヒックス式流動性トラップにはまったわけだ。
「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」
http://cruel.org/krugman/krugback.pdf
アメリカの例で復習しましょう。
FRBが売買する短期国債としては3カ月物Treasury Billなどがあります。
しかし、短期名目金利がゼロ金利制約に引っ掛かり(つまり短期名目金利がほぼゼロになると)、短期国債とマネーの区別がつかなくなって、「現金は短期債務の完全な代替物になる。そしてマネーサプライをいかに増やそうとも、債務もまったく同じだけ増加することで、すべての効果は打ち消される」ということになります。これを「流動性の罠」と呼びます。
で、結局、この流動性の罠(=「もし短期金利がゼロになると、現金は短期債務の完全な代替物になる。そしてマネーサプライをいかに増やそうとも、債務もまったく同じだけ増加することで、すべての効果は打ち消される。」)という状況から抜け出すにはどうすればいいか?が問題になります。
だから、クルーグマンの問題意識は10年間一貫して変わっていません。
そして、解決方法は「インフレ期待を生み出して、実質金利をマイナスにする」なのですが、問題は「どのようにしたらインフレ期待を生み出せるか?」です。
その方法についてすでに三つの方法が提案されています。
- 中央銀行がインフレターゲットを設定して、長期国債を買いまくる(岩田規久男先生などの提唱するアプローチ)
- 中央銀行のバランスシートを意識的に毀損する(スヴェンソン先生や深尾光洋先生が提案し、バーナンキ議長が現在行っているアプローチ)
- 財政政策を用いる
さて、3番目の「財政政策を用いる」は「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」ですでに提案されています。
Appendix C: インフレ期待を作るには
仮に、日本がマイナスの実質金利を長期にわたって維持する必要があるけれど、でも純粋なブートストラップ政策――つまりインフレ目標の発表が、いずれインフレを引き起こす拡大を生み出すような政策――が実現不可能だと考えたとしよう。もしそうなら、日本は経済を動かして、金融政策がとっかかりを持てるようなポジションに移行させるような、一時的な政策を適用して、そのとっかかりを利用してインフレを維持するということだ。この場合、一時的な財政刺激がもう一度出てくる。この戦略は、次のような流れになるだろう:大規模な財政拡大が金利ゼロのままで適用されて、そしてその財政拡大は経済がインフレ気味になってもまだ続く。理想的には財政刺激はだんだん縮小していくことになる。ただし、インフレ期待が上がる分を帳消しにしない程度に。大事なことは、完全雇用実現までだけでなくインフレが必要な水準に達するまで、金融政策はこれに対応したものでなくてはいけないということだ。
「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」
http://cruel.org/krugman/krugback.pdf
だから、「財政政策を使う」というのは「クルーグマンの心変わり」などではなくクルーグマン本人にとっては10年前から織り込み済みのことだと思います。
ちょうど10年が経過しましたので、ここらでもう一度「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲」を再読してみてはどうでしょうか?
[関連リンク]
【社会人の新常識】クルーグマン「インフレターゲットのススメ」(入門編)
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20090103/p1
クルーグマン「インフレターゲットのススメ」(資料編)
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20090124/p1
「流動性の罠」に関する一般常識
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20081020/p1
FRB、インフレターゲット採用へ一歩前進
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20090219/p1
[追記]
忙しいので、とりあえずはこの程度で。時間があれば文章を推敲しましすが、なければしません(というかできません)。