Krugman流の流動性の罠の下で中央銀行はインフレを起こせる

か?東京スポーツ風)

クルーグマン自身の過去の議論との整合性はどうなるのだろうか。彼は1998年の日本経済についてのエッセイで、日銀がインフレ目標を設定して通貨をジャブジャブに供給すればデフレを脱却できると主張した。実はこのエッセイでも、彼はゼロ金利のもとではマネタリーベースを増やしても何の効果もないことを認めているのだが、(中略)。う〜ん、マネタリーベースを増やしてもインフレは起きないのに、日銀がインフレ目標を設定すればインフレが起きる? デフレ下では金融政策は無効であり、それを民間人が知っているのに、なぜ彼らは日銀の「約束」を信用するのだろうか。日銀が「金融政策を通じた直接的な手綱」以外のどういう政策手段をもっているのか。Mr.マリックでも雇って超能力を使うのだろうか。

ケインズ反革命の終わり(池田信夫 blog)

Mr. マリックもセロもムッシュピエールも必要ない気がしますが・・・

この件に関して矢野のようなマイナー研究者のコメントは誰も求めていないと思うので、トラックバックはしませんが、僕自身は以下のように理解しています。

[結論の要約]
New IS-LMが正しいと仮定すれば可能です。そして、それは中央銀行が「未来においても十分な期間に渡って金融緩和をします」と公約することによって可能になります(たとえばインフレーションターゲッティングが有力な候補になるでしょう)。

[お断り]
1. すべての議論を解説するのは無理なので、このエントリーでは基本となるアイディアのみを述べさせていただきます。正式にはたとえばEggertsson, G., and Woodford, M., (2003), "The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy," Brookings Papers on Economic Activity等の先行研究をご覧ください。
2. このエントリーは加藤、(2006)、 「現代マクロ経済学講義」、東洋経済新報社の学習をすでに終了された方を読者として想定しています。学習していない方はまず最初に「現代マクロ経済学講義」を学習されることをお勧めします。

[議論の前提]
1. 経済には価格硬直性が存在すると仮定します
2. 現在、経済はデフレに陥っており、名目短期金利がゼロになっていると仮定します[以下、Krugman流の流動性の罠と呼びます]
3. 上記2.のために中央銀行は現在の名目短期金利を低下させて景気が良くなるように刺激することができません
4. ただし、長期名目金利はゼロではなくて正であるとします

[ザ・モデル]
金融政策を考えるときの基本となるNew Keynesian Monetaryモデル(New IS-LMといいます)は以下の二つの式(上の式をNew [Keynesian] IS曲線、下の式をNew [Keynesian] Phillips曲線と呼ぶ)で表されます。
 \bf{\hat{x}_t = E_t \hat{x}_{t+1} - \Bigl( \frac{1}{\sigma} \Bigr) (\hat{i}_t - E_t \hat{\pi}_{t+1}) + u_t}
   \bf{\hat{\pi}_t = \beta E_t \hat{\pi}_{t+1} + \kappa \hat{x}_t + e_t}
ここで \bf{\hat{x}_t}は産出ギャップ、 \bf{\hat{\pi}_t}はインフレ率、 \bf{\hat{i}_t}名目金利[ただし、これらの値は均衡からの乖離率を表します]、 \bf{u}_t \bf{e}_tは誤差項[平均ゼロ]、それ以外は係数です[すべて正の整数で、 \betaは1以下、 \sigmaは1以上]。

まず、New IS曲線の中にある (\bf{\hat{i}_t - E_t \hat{\pi}_{t+1}})は(均衡からの乖離という形で表した)フィッシャーの方程式だと考えられますから、以下ではこれを期待実質金利 \bf{\hat{r}}_tと表します。

さらに、New IS曲線を未来に向かって繰り返し計算をしていくと
 \bf{\hat{x}_t = - \Bigl( \frac{1}{\sigma} \Bigr) E_t \sum_{i=0}^\infty  \hat{r}_{t+i}
となります。

この式をみればすぐ分かると思うのですが、 \bf{\hat{r}}_{t+i}はマイナスになると \bf{\hat{x}}_tがプラスになるように作用します。 \bf{\hat{r}}_{t+i}をマイナスにするということは「未来においても金融緩和を実行する」ことを意味していますから、短期名目利子率がゼロになるKrugma流の流動性の罠に経済が陥っていても、中央銀行は将来の金融緩和を約束することで現在の産出ギャップ \bf{\hat{x}}_tをプラスに転換することができます。

ほとんどの人がすでにお分かりだと思うので、あくまでも念のために補足するだけなのですが、長期名目金利が正なので、将来の名目短期金利は正だと考えられますから、現在の名目短期金利がゼロであっても将来に金融緩和を実行することは可能です。

産出ギャップがプラスになれば、New Phillips曲線の \bf{\hat{\pi}_tにプラスに働きかけますから、Krugman流の流動性の罠の下においても中央銀行は「未来においても十分な期間に渡って金融緩和をします」と公約することによってデフレからの脱却することが可能となります。

[参考]
New IS-LMに関するノート
http://koitiyano.hp.infoseek.co.jp/econ/newKeynesianRevised.pdf

[補足1. ]
こういう議論をはじめたのは何といってもKrugman (1998)でその時にはちょっと大雑把な議論で「未来においても十分な期間に渡って金融緩和をします」という公約を実現するにはインフレーションターゲッティングが有効だと述べていたのですが、その後、Eggertsson and Woodford (2003)がインフレーションターゲッティングが有効であることををかなり厳密に導出しているので、興味がある方は読まれる良いと思います。

[補足2. ]
僕はこのような話はマクロ経済学では常識だと思っていたのですが、僕が変なんですかね・・・それとも何か間違って理解しているんでしょうか?Dynamic General Equilibriumに詳しい方で僕の間違いや理解の不十分な点が分かる方は教えてください。