分裂勘違いさんとDanさんの議論で少し疑問に思ったこと

[ネタ元]
もし政府が月収40万円の家庭だったら(分裂勘違い君劇場)
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061005/1160017329 [とそれに続くエントリー]
日本(ヒノモト)さんちの家計の事情(404 Blog Not Found)
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50649779.html [とそれに続くエントリー]
日本の財政の維持可能性試算(bewaad institute@kasumigaseki)
http://bewaad.com/20061006.html [とそれに続くエントリー]

[全体的な感想]
分裂勘違いさん、Danさん、Bewaadさんはいずれも間違いなくわが国のトップレベルの知性の持ち主の方々で、論争は非常に興味深く読ませていただきました。

基本的には矢野の意見はBewaad氏と(ほぼ)同じで、
(1) 日本政府の借金額は純負債(資産から負債を引いたもの)で見ると「今日明日にも崩壊する」ってほど酷くもない(もしかしたらそれなりには問題かもしれないので、その場合には長期的に少しずつ減らせばよいでしょう)、
(2) 「比較的若い年齢層が経済的に不遇である(と感じている[ようだ])」という問題に関してはインフレーションターゲッティング(年率で2%から3%程度のマイルドなインフレを実現する政策)の採用が効果的だと思います。

[分裂勘違いさんとDanさんの議論で少し疑問に思ったこと]
1. 分裂勘違いさんとDanさんの意見は「日本政府の膨大な借金は(今の)高齢者層が作ったので、それを(今の)若者が払わされるのは理不尽」と読めます。しかし、現在の日本政府の膨大な借金(公債残高の累積だけでも平成18年度には542兆円にもなるとされている)が急速に増え始めたのは平成になってからです。

特に公債残高の累積が250兆円を越えたのは平成8年から9年くらいのことで、250兆円分は高齢層の責任かもしれませんが、残りの292兆円は(30歳代以上の年齢ならば)それなりに責任があるように思えます。
[データ元] http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/sy014/sy014d.htm

2. 分裂勘違いさんとDanさんの意見は「高齢者は裕福だ(それに比較して若者は貧乏だ)」と読めます。しかし、それは本当でしょうか?

たとえば金融広報中央委員会(日銀等による金融知識を普及するための団体)の調査によれば、「60歳代の一世帯の金融資産保有額(の平均)=1703万円」なのですが、60歳代があと20年生きるとすれば、1703/(12*20)=約7万円(1703万円を20年×12ヶ月で割る)にしかなりません。高齢層の収入が基本的には年金と貯蓄に限られているとするならば、それほど裕福には見えません。
[データ元] http://www.shiruporuto.jp/finance/tokei/stat/pdf/data02a.pdf
http://www.boj.or.jp/type/exp/stat/faqsj.htm#4-02

3. 分裂勘違いさんとDanさんの意見では(1)日本政府の借金額(たとえば公債残高の累積)と(2)個人が保有する金融資産額(日銀の資金循環によれば1400兆円程度あるとされている)のことは話題に上がっていますが、(3)日本政府が抱える資産が考慮に入っていないのはなぜでしょうか?

Bewaadさんはちゃんと日本政府が抱える資産も考慮に入れています(日本政府の資産の中には売却できなかったり、本当はほとんど価値のないものも含まれている可能性がありますが、それ以外にも現金・預金、有価証券なども抱えており、それらは無価値ではないはず)。
[ネタ元]
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/fs/1808_po03.htm
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/fs/1808_01a.pdf

とここまで一気に書いてきたのですが、実は今月末までにかなり長い論文を一本(もちろん英語で)、それと同時に今月末にベイズ統計学の大家の前で研究発表を(もちろん英語で)しなければならないので、今はその準備に追われています。今後、あまり論争に参加できないかもしれません。来月になれば、参加できる・・・かも(仕事の状況にもよるんですが)。

[参考] Broda and Weinstein, 2004, "Happy News from the Dismal Science: Reassessing the Japanese Fiscal Policy and Sustainability," NBER working paper.
Doi, Ihori, and Mitsui, 2006, "Sustainability, Debt Management, and Public Debt Policy in Japan," NBER working paper.
土居、2006、「政府債務の持続可能性を担保する今後の財政運営のあり方に関するシミュレーション分析―Broda and Weinstein論文の再検証―」, RIETI Discussion Paper Series 06-J-032.

[補足] A.R.Nさんがこの話題に関連して非常に良いエントリーを書いておられるので、追加します。
政府や国家は家庭ではない(A.R.N [日記])
http://d.hatena.ne.jp/arn/20061005#p1
人生80年っていうほど長い話でしたっけ?(A.R.N [日記])
http://d.hatena.ne.jp/arn/20061009#p1
特に「政府の債務は借り換え続けることが可能なので、債務残高がいくらあろうが何の問題もない。問題なのは利払いが発散するか否かということだけだ。」の部分に同意します(ただ、「債務残高が多すぎると利払いが発散するかもしれないので問題だ」と議論は[少なくとも形式的には]ありうると思います(この点はARNさんも賛成いただけるでしょう)。)。

それと大竹文雄先生の以下の二つも示唆的です。
若者の所得格差拡大(大竹文雄のブログ)
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2006/03/post_ba15.html
悪玉論は心地よい(大竹文雄のブログ)
http://ohtake.cocolog-nifty.com/ohtake/2006/03/post_06ed.html