【石橋湛山】竹槍戦争観の否定

石橋湛山によって昭和20年6月16日に書かれた「竹槍戦争観の否定」が面白いので紹介したいと思う(念のために書いておくと昭和20年8月15日敗戦のほんの2ヶ月前に書かれた記事である)。

この文章は「鈴木首相(当時の首相は鈴木貫太郎)が航空機増産激励会において『決して竹槍を以って戦い取る如き戦争観であってはならず、一に航空機を核心として勝敗の帰趨を決する』と述べた」という導入から始まり、以下のように続く。

ここ二、三年来我が国において、誰がどう流布したものか判然(はっきり)せぬが、全国津々浦々に竹槍戦が唱道され、またその訓練がしばしば行われていることは周知の通りである。(中略)かねて上海においても在留邦人の間に竹槍訓練が始められたことがあるが、当時同地の我が軍当局はこれを禁じたと聞いている。日本も遂に竹槍の外に使用すべき武器がなくなったかと、環視する中国人らに誤れる印象を与える懸念があったからである。(中略)しかし、我が国内においては、幸か不幸か、かかる訓練を環視する外国人もほとんどなく、竹槍戦の唱道に対して批判の声も聞かない。

そして、湛山は航空機を核心として勝敗の帰趨を決するのが本当ならば、竹槍訓練は二つの理由で不合理であると述べる。

(竹槍訓練は)たといわずかの時間といえども、国民の労力を航空機の生産以外に割くことである。もちろん竹槍の訓練に出る者は必ずしも航空機の生産に従事する者ではない。しかし航空機は、その生産に直接従事する者のみによって増産しうるのではなく(中略)何人の労力といえども、この際航空機に関係なしとは断じて言えない

第二は竹槍で戦争が出来ると国民に考えさせることは、航空機等の現代兵器に対する国民の認識を浅薄にし、従って精神的にその増産を妨げることである。実際我が国においてその弊は甚大であると思う。かつて米国がいかに多数の飛行機を作り来るも、我は質において精神において勝つと誇称した者のあったことが、いかに国民を油断させ(中略)たかを思う時、記者は竹槍戦の唱道に慄然たらざるを得ない。
[出典「エコノミストの面目−石橋湛山著作集2」p. 235-238 東洋経済新報社]

湛山は第二次大戦自体に反対であった(半藤一利「戦う石橋湛山」による)が、言うまでもなく言論統制下ではそんなことは書けなかったので、鈴木貫太郎の言葉を利用して遠まわしに時局を批判している文章なのだが、いやもうカッコいいの一言に尽きる。

そして、もっとすごいのはカッコいいのはこの文章だけではないということである。というわけで今後ものんびりと湛山ネタをやります。