大不況(the Great Recession)とDSGEモデル

以前からある方に「大不況(the Great Recession)をDSGEで分析した論文にはどのようなものがあるか」という質問をいただいていました。残念ながらなかなか時間が取れず先延ばしになっていたのですが、先日少し時間がとれたので、幾つかまとめてみました。

大不況(the Great Recession)とDSGEモデル〜ある方からの質問への回答〜
さて、ご質問の「大不況(the Great Recession)をDSGEで分析した論文は」とのお話ですが、結構いろいろあるので、おおよその話を書かせていただきます(矢野の知る限りサーベイはまだありません)。

[長年に渡る研究の上に現在の議論がある]
現在のアメリカの状況は(1)金融機関の破綻や資産価格の下落、(2)デフレ(もしくはディスインフレ)、(3)ゼロ金利制約(もしくは流動性の罠)といった面で1930年代のアメリカの大恐慌、1990年代の日本(失われた10年)と類似した側面があり、現在の「大不況(the Great Recession)」もそれを踏まえた上での議論になっています。

しかし、膨大になりすぎるため、以下のリストは「最近の論文に限って」になっていますので、それを一応、念頭においてお読みください。

[標準的なニューケインジアンモデルによる分析]
現在、DSGEの教科書などで取り上げられるニューケインジアンモデルは金融市場の不完全性は考慮に入れていないので、金融機関の破綻や資産価格の下落を取り扱うことができません。

そのため、上記の(1)を含んだ分析はできないのですが、それを承知の上で分析したものとしては

Ireland, P. N. ,(2010), ”A New Keynesian Perspective on the Great Recession," NBER Working Papers 16420, National Bureau of Economic Research, Inc.

があります。

[金融市場の不完全性を考慮に入れた分析]
しかし、それでは現実を必ずしも再現できないため、現在では金融市場の不完全性を考慮に入れたDSGEモデルの研究が進んでいます。たとえば

Del Negro, M., G. Eggertsson, A. Ferrero, and N. Kiyotaki, (2009), ”The Great Escape? A Quantitative Evaluation of the Fed's Non-Standard Policies," Discussion paper, Manuscript.

Gertler, M., and N. Kiyotaki, (2009), "Financial Intermediation and Credit Policy in Business Cycle Analysis," Discussion paper, Handbook Of Monetary Economics (Forthcoming).

Curdia, V., and M. Woodford, (2009), "Credit Spreads and Monetary Policy," NBERWorking Papers 15289, National Bureau of Economic Research, Inc.

Eggertsson, G. B., and P. Krugman, (2010), "Debt, Deleveraging, and the Liquidity Trap," Manuscript.

[財政刺激策は効果があったのか?]
それとよく議論されることですが、オバマの財政刺激策は効果があったのかについても議論があります。それらについての議論も多いのですが、今のところ追いかけられていません。大不況と直接関係はないですが、ゼロ金利制約下で財政乗数が大きくなる可能性を指摘した以下の論文は重要な貢献だと思います。

Christiano, Lawrence, Martin Eichenbaum, and Sergio Rebelo, (2009), "When Is the Government Spending Multiplier Large," Northerwestern, NBER Working Paper.

Eggertsson, (2010),“What Fiscal Policy is Effective at Zero Interest Rates?,” in NBER Macroconomics Annual 2010, Volume 25, NBER Chapters. National Bureau of Economic Research, Inc.

Kumhof, M., G. Coenen, D. Muir, C. Freedman, S. Mursula, C. J. Erceg, D. Furceri, R. Lalonde, J. Linde, A. Mourougane, J. Roberts, W. Roeger, S. Snudden, M. Trabandt, and J. in't Veld, (2010), “Effects of Fiscal Stimulus in Structural Models,” IMF Working Papers 10/73, International Monetary Fund.

[DSGEモデルを踏まえた政策提言]
DSGEモデルでの分析を踏まえた上での政策提言としては以下のものがあります。

Bullard, J., (2010), “Seven Faces of The Peril,” Discussion paper, Federal Reserve Bank of St. Louis.

取り敢えずすぐに思いつくのはこのくらいです。この分野は日進月歩なので、あっという間に論文が増えます。今後もそうだと思います。現時点での包括的なサーベイは難しいです。

[重要な注意書き]
最初に述べたとおり、上記のリストに挙げられた論文は「ここ数年の大不況に関する論文」に限定しています。そのため、ゼロ金利制約(もしくは流動性の罠)に関する重要な論文Krugman (1998)、Eggertsson and Woodford (2003)、Jung, Teranishi, and Watanabe (2005)や、金融市場の不完全性をモデル化したCarlstrom and Fuerst (1995), Kiyotaki and Moore (1997), Bernanke, Gertler, and Gilchrist (1999)、大恐慌に関するCole and Ohanian (2004)やChari, Kehoe, and McGrattan (2007)などへの言及はしていません。

他にも重要な論文が抜けている気がしてなりません。もし、何か気がつかれた方がおられたらコメントで教えていただけると幸いです・・・・

[関連するエントリー]
政策分析に応用される新ケインズ派DSGEモデル
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20091107/p1