ローマー「上級マクロ経済学[第3版]」(日本評論社)

[実績のある教科書の改訂版の出版]
実績のある教科書の改訂版の出版が相次いで行われましたので、今日は少しその話題を取り上げたいと思います。

一つ目はC. Walsh先生の"Monetary Theory and Policy"の第3版が出版された事です。すでに書店で現物を見たのですが、第2版以後のマクロ経済学の発展に応じた内容が追加されるとともに、従来の章立てが少し見直されて内容が整理されて非常にすっきりとまとまった教科書になっていました。これについてはまた日を改めて本格的に取り上げたいと思います。

さて、今日取り上げたいのはD. Romer先生の"Advanced Macroeconomics (third edition)"の翻訳である「上級マクロ経済学[第3版]」(日本評論社)[以下、第3版ローマー]が出版されたという話題です。

第3版ローマーと同レベルの日本語で読める教科書としては齊藤誠先生の「新しいマクロ経済学―クラシカルとケインジアンの邂逅(新版)」(有斐閣)があり、こちらも素晴らしいものですが、第3版ローマーはすでに世界中でマクロ経済学の教科書として長く使われてきた実績があるという意味で信頼の置ける非常に素晴らしい教科書です(ローマーの原書第1版は1996年出版)。

[現代マクロ経済学への入門書であり総覧]
多くの方がご存知の通りマクロ経済学のトピックは非常に多岐にわたっていますが、第3版ローマーはその現代的な入門書であり、なおかつ総覧になっています。

内容は、ソローモデル、ラムゼイ=キャス=クープマンズ・モデル、世代重複モデルといった長期の経済成長モデルから始まり、内生的経済成長モデル、実物的景気循環モデル(Real Business Cycleモデル)へと進み、伝統的ケインジアンモデルに続いて価格硬直性に関するミクロ的基礎が解説され、消費、投資、失業が論じられたあと、最後にマクロ経済政策である金融政策・財政政策が解説されています。

この事からもよく分かるように第3版ローマーは現代マクロ経済学への入門であるとともに総覧にもなっています。

(補足)日本評論社に目次が掲載されています。:
上級マクロ経済学 原著第3版|日本評論社
http://www.nippyo.co.jp/book/5250.html

[理論と実証のバランスが取れた教科書]
特に第3版ローマーが素晴らしい点は「理論と実証がバランス良く配置されている」という点にあります(注:この点は第1版の時から変わらず)。

矢野はマクロ経済学の面白さの一つは理論と実証が非常に密接に関係しているという点ではないかと思っています(ただし、これは矢野自身がDSGEモデルの実証をやっているせいなのかもしれないのですが)。

Ljungqvist and Sargentは非常に素晴らしい教科書だと思う反面、(おそらく「より上級者向け」というその性格上)実証面が後方に追いやられいるような感じがします。しかし、第3版ローマーはまさに理論と実証の密接な関係を描いており、本書にはそう言った意味での面白さがあります*1

[学問の発展に応じた内容のアップデート]
また、第3版のローマーでは第1版と比べてマクロ経済学の発展に応じて多くの内容が追加されています。

たとえば、新成長理論(内生的成長理論)の章は近年の成果が大幅に追加されており、アセモグルの研究を始め、様々なモデルが紹介されており、第1版をお持ちの方はそれだけでも読んでみる価値がある(専門外ですが、矢野は非常に興味深く読みました)と思います。

また、伝統的ケインジアンモデルとして第1版ではIS-LMモデルが使われていましたが、近年の中央銀行政策金利を用いて政策を行っているという事情を反映して、第3版ではテイラールールなどの金利ルールに基づくIS-MPモデルが使われています。

価格硬直性のミクロ的基礎では従来からの様々なモデルに加えて、ニューケインジアンIS曲線などのDSGEモデルの基礎となる記述とMankiw-Reisの粘着情報モデルの解説などが追加されました。

さらに第1版にはなかった内容としては新たに財政政策の章が加わりました。リーマンショック以降、しばしば財政政策が話題になりますので、重要な変化の一つではないかと思います(注:ただし、財政政策の章が付け加わったのは原書第2版[2001]から)

その他にも細かい点で多くの追加がなされています。

[第3版ローマーで取り上げられていない話題]
ただし、ローマーの原書第1版の出版から14年も経過し、第3版ローマーだけでは十分とは言いにくい点もあります。特に近年目覚ましい発展を遂げたDSGEモデルのシミュレーションについての記述は残念ながら不十分ではないかと思います。

DSGEモデル(RBCを含む)のシミュレーションの方法としては「未定係数法」が取り上げられており、確かにそれは有力な手法である事には間違いありませんが、その他にも様々な手法があり、本書の記述だけでは本格的な研究につなげるのは少し難しいのではないかと思います。

これらの話題については加藤涼「現代マクロ経済学講義」(東洋経済)や矢野「DYNARE による動学的確率的一般均衡シミュレーション」などが参考になるのではないかと思います。

(補注:それ以外に近年話題になる事の多いDSGEモデルのベイズ推定という話題も第3版ローマでは取り上げられていませんが、これは本書の性格(マクロ経済学入門から本格的研究への橋渡し)から言って、取り上げられていないのは当然ではないかと思います。そもそもベイズ推定の話を本格的に取り上げた教科書自体がまだまだ非常に少ないですし・・・。数少ない例外についてはこちらをご参照ください)。

[訳者への感謝]
矢野は訳者の1人と職場が同じ(職場で数メートルしか離れていないところに座っている)ため、実は昨年から翻訳状況については時々聞いていたのですが、第1版のときと異なり、現在では訳者の方々が様々な機関で要職についておられてご多忙という事情もあり、翻訳には相当苦労されたようです。専門書の翻訳は苦労は大きくにも関わらず実入りの少ない仕事だと思うのですが、このような重要な貢献をされた訳者の皆様には心より御礼を申し上げます。

上級マクロ経済学

上級マクロ経済学

*1:これは余談ですが、矢野がGaliの教科書よりもWalshの方を好むのもそういった理由からかもしれません。