【年末企画】2008年の経済情勢を振り返る(2)〜「誤解インフレ」よ、さらば!〜

[お断り]当blogに書かれていることはすべて矢野個人の意見であり、矢野が所属するいかなる組織とも関係ありません。

年末企画「2008年の経済情勢を振り返る」第2回目です(第1回はこちら)。実は前回の第1回目を22日に書いた後、「そういえば12月26日に重要な経済統計が一挙に発表になるので、第2回は26日以降にしよう」などと思ったのですが、そのせいでずるずると第2回目が遅くなってしまいました。このままだと年末企画「2008年の経済情勢を振り返る」は「年末年始企画」になりそうです_| ̄|○

今回は2008年の物価動向を取り上げます。

[結局、デフレから脱却できなかった日本経済]
まず、以下のグラフを見てください。四半期GDPデフレーター(連鎖式)の前年同期比を2004年から2008年第3四半期までプロットしたものです。

2008年はずっとデフレだったことが分かります。

経済学者や統計学者なら、このグラフを見たら「それで終わり」なのですが、一般の方の中には「え?今年はガソリン価格が高騰し、小麦粉も値上がりしたじゃないか!2008年はインフレだったんじゃないの?」と思う方も多いのではないでしょうか?

そこで少し補足説明をします。

[インフレには定義がある]
あまり世間には知られていないのですが、インフレーション(インフレ)には定義があります。マクロ経済学の教科書には必ず書いてあることなのですが、多くの人がそれを見逃してしまうようです。

ほとんどの財の価格が上昇することをインフレーションという。インフレ率とは、物価の全般的な水準の増加率である。
スティグリッツ・ウォルシュ「スティグリッツマクロ経済学<第3版>」東洋経済新報社 pp. 104

つまり、インフレとは「ほとんどの商品やサービスの価格が上昇すること」であって、「一部の商品やサービスの価格が上昇すること」をインフレとは呼ばないのです。これは経済学用語として非常にスタンダードなものですが、一般にはあまり知られていないようで、「2008年はインフレだった」という誤解が新聞・雑誌・テレビ・blog等で広く見受けられます。

[消費者物価指数を見る]
さて、少し視点を変えて消費者物価指数(Consumer Price Index、以下CPI)でインフレ率を見てみましょう。

CPI(総合)[青]とCPI(生鮮食品除く)[赤]が2008年半ばに前年同月比で約2%程度上昇したことがわかります。

「それ見ろ!インフレじゃないか!」と思う人もいるかもしれません。

いやいや、ちょっと待ってください。CPI(食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く)[緑]を見ると上昇率がほぼ0%で推移していることがわかります。CPIはラスパイレス法という手法で作成されているのですが、この方法は数値が実際よりも高めに出る傾向が強いことが知られているため、それを考慮に入れると明らかにデフレ状態にあると言えます*1

このグラフは「一部の商品やサービスの価格が上昇したが、ほとんどの商品やサービスの価格は下落した」こと、つまりデフレであったことを示しています(言うまでもないことですが、原油価格などの急激な下落によりCPI(総合)とCPI(生鮮食品除く)も2009年前半にはマイナスに転落するの可能性が高いです)。

[誤解インフレよ、さらば!]
では、結局「2008年に物価に起こったことは何か」です。まとめると

  1. 原油価格や小麦価格、トウモロコシなどの特定の財の相対的な価格上昇が起こった
  2. その上昇が急激過ぎたために消費者物価指数(総合)と消費者物価指数(生鮮食品除く)を一時的に押し上げた
  3. しかし、それはあくまでも「相対的な価格上昇」であり、インフレとは言わない
  4. GDPデフレーターに見るように全般的な物価水準は依然としてデフレのままであった

2008年、新聞・雑誌・テレビ・blog等で「インフレだ!」「インフレだ!」と連呼されてきました。しかし、それは「一部の商品やサービスの相対的な価格上昇」をインフレと誤解しているに過ぎません。という訳で、願いを込めて以下のように述べたいと思います。

「誤解インフレ」よ、さらば!

次回は、今年、非常に特徴的な動きを見せた鉱工業生産指数を取り上げます。

[データ出典]
四半期GDPデフレーター(前年同期比)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/qe083-2/rdef-q0832.csv
消費者物価指数(前年同月比)
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.htm
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/zuhyou/0581h9.xls
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/zuhyou/0581h10.xls
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/zuhyou/0581h11.xls
統計局ホームページ/消費者物価指数に関するQ&A
http://www.stat.go.jp/data/cpi/4-1.htm

[補足:アメリカ人も間違える]
さて、特定のいくつかの商品やサービスの価格が上昇することをインフレーションだと誤解する人がいるのは何も日本だけではなくてアメリカでも同じようです。

アメリカのサンフランシスコ連銀(The Federal Reserve Bank of San Francisco)にはFRBSF Glossary ( http://www.frbsf.org/tools/glossary/ )という用語集があるのですが、そこにはご丁寧に「特定の財(複数形)の価格上昇をインフレーションと誤解しないように」という注釈がついています。

Inflation
A rate of increase in the general price level of all goods and services. (This should not be confused with increases in the prices of specific goods relative to the prices of other goods.)
インフレーション
すべての財とサービスの全般的な価格水準の上昇率(特定の財(複数形)の価格が他の財の価格と比較して上昇することをインフレーションと誤解しないように)[矢野訳]
FRBSF Glossary ( http://www.frbsf.org/tools/glossary/ )にアクセスし、"i"の項目をクリックすると"inflation"の解説を読むことができます。

まあ、どこの国においても専門用語を誤解する方が多いということなのでしょう。

[補足:関連エントリー]
実は2006年12月と2007年4月に「「デフレ脱却の幻想」よ、さらば」というエントリーを二つ書きました。
「デフレ脱却の幻想」よ、さらば(2) - ハリ・セルダンになりたくて
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20070401/p1
「デフレ脱却の幻想」よ、さらば - ハリ・セルダンになりたくて
http://d.hatena.ne.jp/koiti_yano/20061202/p1

今回のエントリーはその続きに相当するもので、本来の題名は「「デフレ脱却の幻想」よ、さらば(3)」とすべき・・・ですが、面倒なので止めましたw

それと2007年4月の「(2)」から今日まで長い中断があるのは・・・正直に言ってこんなに原油価格高騰が長引くとは(当時は)想定していなかったためです。残念ながら予言者や占い師の才能は僕にはないようです。

*1:GDPデフレーターはパーシェ法で作成されているおり、それは下方バイアスがあることが知られています。ただし、今回は「連鎖式GDP」を用いているので、その欠点はある程度は克服されていると考えられます。